一人で彷徨うバンコクあれこれ

シニアのおじさんのバンコク放浪記?です

第817回 今日はクモ膜下発症1年後のMRI検査です

 今日はこの後病院に行きます。思い起こせばちょうど1年前の昨日。夕食を食べて「はあ~今日も無事終わった~」と思ってベッドに入って就寝。

 ところが12時前後だったと思いますが、突然の頭痛。それも半端じゃない。全身に悪寒が走るような頭痛で、これはとんでもない事態だと、ともかく這うようにして息子の部屋の前まで行き、息子を起こし「救急車を呼んでくれ」というのが精いっぱい。

 そのまま軽く着替えて何とかリビングに移動し、テーブルに突っ伏して救急車を待ちます。その間にも頭痛はどんどん激しくなり、「これはもしかするともうダメかも」という不安が胸中をよぎりました。

 やがてサイレンが聞こえ救急隊員との短いやり取りを経て、何とか自力で救急車に乗車。しかしそこからの記憶がほとんどない。途中で病院に到着し、ベッドに移し変えられたことは覚えていますが、それで安心したのか激痛に耐えかねたのかそこから記憶が途切れています。

 従って手術室に運ばれて何らかの処置をされたという記憶は全くなく、手当てが遅くなってそのままこの世を去っていれば、まあある意味苦しまずに自然に逝けてしまうんだなと、あとになって認識しました。

 ただよく言われるように、向こう側に光が見えるとか、自分の一生が走馬灯のように流れるといった、いわゆる臨死体験はしていませんので、実際にそのかなり手前で踏みとどまったと言えそうです。

 というわけで、覚醒するという意識はなかったものの、なんか声が聞こえたなと思ったころ自然に目が覚め、そこでようやく私をのぞき込んでいる医師の顔が見えたということです。

 しかしその後1週間ぐらいは、なんだか意識も朦朧としていました。当然ながらほぼベッドに寝た切りの状態で、この間に筋肉量が激減。1週間ぐらいして、ベッドから起き上がろうとしたとき、ものすごい努力が必要でした。

 そこからは椅子に座るとか、立ち上がるという簡単な動作のリハビリが始まり、それとともに雲がかかっていたような意識がすこしずつはっきりしていきました。

 その後は車いすで、いわゆるリハビリ室に移動し、立ったり座ったり、物を持ち上げたり数を数えたりというリハビリを行いましたが、そのころからふらつき、味覚障害、ろれつの回りにくさを感じ、程度は軽くなったもののそれが1年後の今日まで続いています。

 大学病院では一か月ほどの治療しか認められていないようで、その後一か月半は地元のリハビリ病院に転院。ここで上記のいわゆる高次脳機能障害と呼ばれている症状の軽減と、入院中に失った筋肉の回復に勤めました。

 というわけで昨年11月中旬にリハビリ病院を退院。そこからは自宅療養となりましたが、今もお世話になったリハビリ病院に併設されたトレーニング施設に週2回通って、ストレッチや筋トレを行っています。

 そんな中、手術後今日がちょうど1年目の記念日となり、MRIでの検査が大学病院で予定されています。この検査で、予後が良いと判断されれば、また1歩海外旅行に行ける可能性が大きくなります。

 というわけで、もし行けるならと思い、つい先日は北陸3泊4日旅行を行い、まあ国内旅行なら体力的には何とかなりそうだという感触を得ています。しかし脳内の血管がどんなことになっているのか、こればっかりは直接目で見るわけにもいきません。

 実際にはいくら検査でOKとなっても、旅行では不測の事態が起きる可能性もあり、私が今一番心配しているのは飛行機内の減圧の影響がどのくらいあるのかということです。

 その辺の話も今日も再度してこようと思っています。以前は仕事をしていましたので、旅行日程や旅行資金が最大の関心事でしたが、今は旅行に行ける体力があるかどうかが最大の関心事です。
 
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