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一人で彷徨うバンコクあれこれ

シニアのおじさんのバンコク放浪記?です

第345回 サイアム博物館でタイを知る

 三連休の中日です。関東近県の方は、出かけている人も多いかもしれません。正月と仕事始めの疲れで休養という人もいるかも。私は相変わらず午前中ブログ更新。午後はウォーキングです。ただ今日はこれからフルートのレッスンです。

タイ通より

 1月6日からチャオプラヤ川の水上バス(船のことだと思いますが)の運賃が1B値下げだそうです。原油安の影響だそうですが、日本円で3円ちょっとの値下げ。

 日本人感覚で考えられないほどの小さな値ですが、日本との物価の差を考えると、日本なら10~15円ぐらいの値下げに相当するのかなと思えます。ただし観光客が利用するツーリストボートの料金が変更になったのかどうかは不明です。

 さて12月の旅行ではパタヤはビッグブッダ周辺の観光を楽しみましたが、バンコクでも一つだけ強く印象に残った場所があります。それがサイアム博物館です。

 人間というものは、ある場所に旅行をして、そこが気に入ると、その地域の食べ物や言語、ファッションといったものにより強く関心を持つようです。これが第一段階。

 その次の段階が、その地域の歴史みたいなものを知りたいと思うこと。なんでこんな文化なのか。この人たちと日本人の違いはどこなのか。といったようなことでしょうか。

 私自身バンコク同様に好きなハワイにも関心があり、ハワイではビショップミュージアムという有名な博物館があるのですが、ここでポリネシアの人々がハワイに向かったというような話を聞くと、「なるほどなあ」と思います。

 というわけで、バンコクもどうやら私は旅行の第二段階に入ったようで、どうやってバンコクという街ができたんだろうと、少しだけですが関心を持つようになってきました。

 そんな折のサイアム博物館訪問でした。ここはまさにタイという国の成り立ちについて、外国人が見てもなんとなくその雰囲気が理解できるように展示が工夫されています。

 だいたいどこの国でもそうだと思うのですが、都市というのは交通の要所に作られると思うのですが、その近くには必ずと言ってよいほど川が流れています。

 これは飲料水の確保と防衛を兼ねているのかなと思っていますが、タイの場合も最初は「アユタヤ」に中心都市があったようです。

 あらためて地図を見てみると、現在のアユタヤも、そこから放射線状に道が広がっているのがよく分かります。つまり交易上ひじょうに有利な場所であり、なおかつ川の中州等、防衛上も有利だったと思われます。

 当然ながらそういった場所には諸外国から人が流れ込んできます。博物館内部にもタイの子供たちの写真が出ていましたが、実に多くの国の顔つきをしているなと感じました。

 つまりタイの場合は360度、場合によっては南方の海からも人が移り住んできた可能性があるわけです。一方日本はユウラシア大陸の東のはずれですから、流れ込んできた民族は西半分だけです。

 そうやって比較してみると、タイという国が国際色豊かな国で、様々な人がそこに観光で訪れても、そんなことは昔から当たり前だったということなのだと思います。

 一方日本は独自の良い文化を持ちながら、これまでは日本独自の価値観で凝り固まっていた時期もあり、国際性という意味ではタイに遅れをとってきたような気もします。
 
 タイの人たちがどの国の人も暖かく微笑みで迎えてくれるというのは、昔からの伝統だったということであり、またそうしないと生き抜いて来れなかったという歴史もあるのだと思います。


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