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一人で彷徨うバンコクあれこれ

シニアのおじさんのバンコク放浪記?です

第1283回 タイの大まかな歴史の流れを理解して、寺院の様式が見えてきました

 梅雨入りをしたようで、今日も朝から雨。ハワイから帰国して1週間。時差ボケはほぼ解消しましたが、天気が悪いのでいまいち元気が出ません。

タイランドハイパーリンクスより

 バンコクのソイ3からソイ17にかけての露店で違法な物品を販売していた屋台が摘発されたという記事が出ています。動画も出ていますが、摘発された店主は割とおとなしく警察の指示に従っている様子。

 悪びれた様子がないというのが気になるところですが、生活のために仕方がないと内心で居直っているのかもしれません。

 日本は梅雨入りをしていますが、バンコクは暑気入り。一方で突然の夕立による集中豪雨も起きているようで、7日の午後は一部道路(ラチャダピセーク通り、パホニョティン通り)が冠水したとか。

 画像も出ていますが、水深10~40cmぐらい。この時期は雨具必携です。

 さて相変わらずタイの歴史について、ネットで情報を検索したり、本を読んだり、さらに地図を見て思いを馳せたりしています。

 最初はいろいろな知識がごちゃ混ぜになって、何が何だかさっぱり分からんという状態だったのですが、ここにきて少しずつ大まかな全体の流れがつかめてきました。

 それにしても、昔は国境なんてものはなかったはずで、アフリカに端を発した人類がいつの間にか東南アジアまで進出。どうやら中国の山側と、タイの場合はマレー半島から人類が上陸したのだと思われます。

 ところが幸か不幸かタイの場合、バンコク周辺は治水技術が発展していない段階では川の氾濫も頻発し、乾いた地面も少なく、人が住める環境ではなかった。

 従ってタイという国に定住するためには山側から移動してくるほかない。移動して来た理由も、元居た場所を追い出されたとか、より良い環境を求めてとか、まあいろいろあるのだと思います。

 そして適当な平原や盆地が見つかるとそこに定住。徐々に人口が増えてくるとさらなる新天地を求めて、徐々に山から離れて、今でいえば南に向かっていく。

 そういった集団があちこちに出来ると、やがて集団内で階級が分かれたり、集団同士のいざこざも増えたりして、それらを繰り返しているうちに、大きなリーダーシップを持った人が周辺グループの統治を始める。

 そうやって、集団同士がくっついたり離れたりしながら徐々に大きな集団を形成。それが後の世から見ると、一種の都市の集合体となった国家の原型になったということで、それがドヴァーラヴァティ王国ですね。

 その後この王国は500年ぐらい続いたようですが、その間に東の方で成長したクメール帝国との紛争を経て衰退。代わってあらわれたのがスコータイ王朝。

 さらにアユタヤ王朝やトンプリー王朝を経て現在のラッタナーコーシン王朝につながっているということみたいです。まあ私の勝手な憶測も入っていますし、専門家から見れば稚拙な見方かもしれません。

 しかしこういったイメージができたことで、それぞれの王朝の文化を反映する寺院の建築に様々な様式があることも良く分かりました。その意味で、次回以降のタイ旅行がますます楽しみになってきました。

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