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一人で彷徨うバンコクあれこれ

シニアのおじさんのバンコク放浪記?です

第1271回 ようやく大まかなタイの歴史が分かってきました

 朝から穏やかな晴天が広がっていますが、この後は気温も上昇するみたいです。実は26日からハワイ行きを予定しているので、来週は少し更新が滞ると思います。

ガジェット通信より

 タイのコンビニで調達した現地ならではの食品を試食した結果が紹介されています。一読すると思い当たることがあったり、やっぱりなと思う部分もあり、なかなか面白い。

 カップラーメンはなかなかおいしそう。とはいえ大量摂取はやはり体に良くないのではという気もします。できれば虫を扱ったスナック類にも挑戦してもらいたかったなと思います。

 タイという国の成り立ちの歴史について、自分なりに興味を持った部分から調べ始めて、ようやく最初のころ読んだタイ国政府観光庁のページに書かれていたタイの歴史についての記述内容が理解できるようになってきました。

 要するに紀元前3000年ぐらいから、あちこちの生活しやすい場所に定住していた人たちが、紀元600年ごろにモーン族によって統治され、ドヴァーラヴァディー王国となったということのようです。

 それ以前にその地で定住していた人は、もちろんそこで、あるとき突然生活が始まったわけではなく、周囲に張り巡らされた河川等を使って、ミャンマーやラオス、場合によっては中国南部から移動してきた人だろうなという気がします。

 移動の理由は、新天地を求めるというのが一般的かもしれませんが、元の場所で様々な迫害を受けて逃げ延びるということもあったのかもしれません。
 
 チェンマイ周辺の地理を見ると、東西と北は山に囲まれていますから、山越えの危険を冒して逃げのびたという背景もあったかも。

 ドヴァーラヴァディー王朝は500年ぐらい続いたようで、その間に今は遺跡として残っている寺院をいくつも建立。しかしそういった寺院が建立されたということは、インド方面からミャンマーを通して仏教が伝わったということも意味しているようです。

 しかし9世紀ごろからカンボジアで勢力を大きくしたクメール帝国がタイ東北部に勢力を拡大。改めてクメール王朝についてウィキペディアの記載を読むと、地図が出ていてその勢力範囲はタイ、ラオス、カンボジア一帯すべてとなっていて、大きな王朝だったんだなと納得。

 世界史の授業でクメールという語句を学習した記憶もわずかにあり、やはりそれだけ大きな影響を与えていたんだなと再認識です。

 というわけで、ここまでたどり着いてようやくアンコールワットの成り立ちや重要性についても少し見えてきました。

 その後クメール王朝は1300年ぐらいに衰退と書かれていて、それと入れ替わるようにしてタイではスコータイ王国が成立。この王国は200年ぐらい続いたようですが、その後今度はアユタヤ王朝が成立。

 こうしてみると、一つの王朝はどうやら200~500年ぐらいで入れ替わっているようです。アユタヤ王朝はビルマ(現ミャンマー)との戦いを繰り返しましたが、その時アユタヤ遺跡の仏像の首が持ち去られたようです。

 「いやはや壮大な歴史物語だな」という感想しか浮かんできませんが、その時々に作られた寺院が今も残っていて観光名所になっているわけで、これでようやく寺院が建立された年度の社会的背景が少しわかるようになりました。

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