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一人で彷徨うバンコクあれこれ

シニアのおじさんのバンコク放浪記?です

第1267回 バンコク旧市街やトンブリー王朝について

  朝からちょっと曇りあちのようですが、過ごしやすい気温です。バンコク市街地の大気汚染状況は、ほとんどの地区で100以下。当然シラチャーやパタヤ方面も問題なし。

 チェンマイ方面はあいかわらず80~150という数字が多いようですが、一時期に比べるとかなり数字そのものは小さくなりました。

タイランドハイパーリンクスより

 昨日はエアアジアでしたが、今日はタイ国際航空のセールが発表されています。名付けて「TGメガディール アーリーサマー」だそうですが、搭乗期間は7/10まで。

 妙に期間が短いなと思ったのですが、その間の料金はエコノミークラスが往復23000円とLCC並みの価格です。ただし税金やサーチャージは含まれていないということなので、1~1.5万くらい高くなりそう。販売期間は6/15まで。

 さて、タイの歴史について調べていたら、面白くてしょうがない。それだったら日本の歴史も知るべきだ、なんていう内心の声も聞こえるのですが、日本史となると、何やら中学や高校で歴史特有の地名やら人名、紛争の名前を、年号と共に覚えさせられただけで、歴史自体のうねりというか、流れは学習しなかったような気がします。

 まあ限られた時間で、受験に必要な知識を教え込まないといけないという学校側の制約もあったのかなと思いますが、当時は自然科学にばかり興味を持っていたので、そんな昔のことを覚えてどうするんだという反発もあったような気がします。

 しかし当時も当然歴史好きの生徒はいたと思われ、そういった生徒たちは教員の説明に対しても真摯に耳を傾け、次から次へと「どうしてなんだろう?」という疑問が浮かび、それがまた歴史への興味を一層募らせるという好循環になっていたのかなと思われます。

 というわけで、同じような疑問を50年後の今、タイの歴史について感じているということで、実に不思議。別段タイでなくてもいいような気もするのですが、これまたタイという国と相性が良い感じです。

 さてタイという国ができる過程は、大まかに見て中央部から北方のチェンマイや東部のウドンタニー方面から始まったようですが、ここで大きな疑問が一つ。

 この辺りは山が多い。海からは遠い。だとすれば、都市を築きやすい今のバンコク周辺の平野部で最初の都市ができそうなものですが、そういった記述はほとんどなし。

 ということは都市形成に向かない土地だった?考えられるのはチャオプラヤ川の定期的な氾濫や地質の悪さ?今でも大雨が降れば市街は水浸しになりますから、何100年も前の時代には、ほとんど制御が不可能?

 現在の王宮周辺はラッタナコーシン島と呼ばれているようですが、西側にチャオプラヤ川が流れていて、東側に運河が掘られ、これによって一種の島になっているようです。

 このことによって自然災害から守られ、さらにビルマ(現ミャンマー)からの侵攻を防御することができたと考えられそう。つまり運河ができて初めてバンコクの都市化を進めることができるようになったということでしょうか。(すべて私の勝手な憶測です)

 興味関心があっちへ行ったりこっちへ行ったりと我ながら、体系的でないなと思っていますが、こういったいろいろな雑学の知識を積み重ねていくうちに、これらがやがて頭の中で時間軸に沿って並べられ、徐々に理解が増すのかなと考えています。

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想うに、
タイ族は、漢族から圧迫を受け、仕方なく南下したと思います。
そこには、クメール族やだれか他の人々が居住していたと思います。

そして、おそらくは、他の民族からの防衛はもちろん、
海外との交易、
地主にいないところでの新しい都市の建設、
などの要因により、チャオプラヤー川に添い、下ったのではないかと、
専門家ではありませんが想像しています。
(ラタナコシーンではない、トンブリに本拠を構えたタークシン王も、おおまかには同じかとも)。

ご研究の熱意に敬意を表します。

帰国して、改めて、
動けることや考えることができるうちが華ではないかと、
残された時間を胸に刻む日々です。

お元気でお過ごしください。

  • 2019年05月18日土
  • URL
  • ぐうたらシニア #-
  • 編集

Re: タイトルなし

 おはようございます。

 中国方面からの初期のタイ人が南下してきたというのが定説のようですね。新天地を求めて、若しくは紛争があって逃げ延びてということなのかなと思いますが、最初のころは大変な暮らしだったんだろうなと思えます。

 そういった事情から、今の北部のちょっと特殊な?イサーン料理の原型が作られてのかなとも思えます。今もいわゆる山岳民族と呼ばれる人たちが、山間に多数暮らしているようですが、この人たちの歴史もいろいろあるんだろうなと思えます。

 帰国されたんですね。動けること、考えることができるというのは貴重ですね。私も最近ちょっと体の不調を覚えることが多くなり、海外旅行を自力で気ままに行けるのはあと何年ぐらいだろうかと考えることが多くなりました。

 だからこそ早く行かないとというちょっと焦りに似た気持ちもあります。

  • 2019年05月20日月
  • URL
  • hoku-thai #-
  • 編集

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